少し遅れた記事ですが・・・
1994年。鈴鹿サーキットでの出来事。
一人の若い日本人ライダーが世界トップレベルのライダー達相手に互角の戦いを繰り広げていた。
激しいトップ争いの中、ラスト3周となったところで、ホームストレートを駆け抜けていく。
そして、1コーナー激しい土煙と回転するマシンとそのライダーの身体・・・・

当時日本人がWGPという舞台において、外国人ライダー達と互角に渡り合うなんて夢の世界だった。
そんな中、私を始め多くのファンの期待を受けて走り続けた若者。
阿部典史選手(当時19歳)




長髪をメットの後ろになびかせて、独特のアグレッシブなリーンアウト気味のフォームでコーナーを駆け抜けていく・・・
(一時期、バンダナを首に巻いて走るのが流行ったけど、あれはなびくバンダナが長髪みたいに見えることから始まった・・・阿部選手にあやかったものだった)

私は、この私より年少の少年の姿に感動し、そして憧れを抱いた。
そして、レース活動にのめり込んでいったのであった。
少なからず、彼の存在によりレースに興味を持ったり、始めたりした人はいるんじゃないだろうか?
私にとっては、少年~青年期におけるもっとも熱かった時代・・・その時代を象徴した人物ともいえる。

10月8日、お昼頃のことでした。
部屋でのんびり寝ていると、嫁さんが、慌てた様子で起こしに来ました。
寝ぼけた頭に聞こえた嫁さんの声は動揺していて、
「ノリックが死んだって・・・・あのノリックの事よね?」
一瞬、意味が分からなかった・・・・
嫁さんは私の部屋のテレビをつけてチャンネルを操作している。
そして目に映ったテロップは・・・・
「ノリック事故死」の文字・・・・・・

Uターン禁止を無視したトラックに巻き込まれての事故だったそうです・・・
享年32歳・・・
なんとも、やるせない気持ちになります・・・・・
  故人となってしまった、彼のご冥福をお祈りいたします・・・
by katana001 | 2007-10-18 00:50 | 雑記
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